Thursday, July 5, 2012

「一方」とパラグラフ

日本語では、パラグラフの冒頭に「一方」という表現がよく出てくる。英訳の際、これの扱いに困ることが多い。以前の記事にも書いたのだが、トム・ガリー氏によると、on the other hand は、「通例、異なる二つのものを比較するのではなく、同じ物の中の異なる要素、特にその善し悪しを比較するときに使う。」とのこと。日本語の「一方」は、「異なる二つのものを比較する」のにもよく使うわけで、多くの場合、on the other hand とは訳せない。

英語のパラグラフは、意味上の単位になっているから、パラグラフが新しくなって(意味が切り替わって)、その冒頭に On the other hand がくるというのは、本来の用法から外れている可能性が高い。on the other hand を挟んだ前後の両要素は、意味の単位内(つまり、同一パラグラフ内)で対照されるのが自然だと思うので。要するに、パラグラフ冒頭の「一方」は、on the other hand と訳せないことがほとんど、というように私は理解している。

ところが、今日のJapan Times の記事に、パラグラフ冒頭での用例を見つけた(一部強調)。
"I don't think anyone from our side ever ordered someone to join our group against his or her will," Azuma told reporters. "We are politicians, and in this sort of situation, we should decide our future ourselves."
On the other hand, Gaku Kato, a Lower House lawmaker who previously said he would remain in the DPJ, announced Wednesday he will join Ozawa.
筆者は staff writer で、お名前からすると、日本人のような感じ(推測です…)。もちろん、私には書けないようなしっかりした英語なのだけど、勉強中の身としては、このパラグラフ冒頭の On the other hand が気になる。

前後も読んでみると、パラグラフが短いところが、和文を思わせる。そして、この on the other hand も、日本語の「一方」がぴったりくる。

ふつうの日本語では、パラグラフ・ライティングという意識は希薄だし、段落が意味の単位とも限らない。なにしろ、小学校の頃だろうか、教科書の文章を、形式段落と意味段落なるものにに分ける、という作業をさせられた覚えがある。日本語の段落は、基本的に短くて、それぞれを形式段落と呼ぶらしい。そして、こうしたセグメントがいくつか集まって、ひとつの意味の単位になる。つまり、(たいていは)複数の形式段落が、一つの意味段落を構成するわけだ。

そんな和文の感覚で見てみると、この記事では、On the other hand より前のパラグラフで東氏のことを語り、On the other hand 以降の複数のパラグラフが、加藤氏についての意味段落になっている。と、こんな感じで、和文的な雰囲気。

私の英語力では、この記事を(英文の観点で)正しく評価することはできないが、これを読んでいて、和文と英文を書く時の感覚の違いのようなものを自覚させられた。

翻訳の際には、長い文章を切ったり、場合によっては、二文を一つにつなげたりすることはあるが、パラグラフに手を入れることはない。つまり、どこまで頑張っても、自分の書く英訳文は「日本語」(というか「和風」)の範疇を出ることがない…と思うわけです。ちょっとツマラナイ気もするけど、それが(ひとまずは)翻訳(英訳)の限界だし、まずはそれをキッチリできるように精進したいと、改めて思った。

ただ、「自分のやっている英訳作業は、英文ライティングとは違うのだ」ということは、自覚しておかないといけないな。

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